戸塚優斗の兄弟や家族構成は?スノーボードは両親がきっかけ!北京冬季五輪

北京オリンピック

2022年北京での冬季オリンピックでスノーボード、ハーフパイプの日本代表である戸塚優斗選手

日本のエースの一人としてメダル候補として期待されていますね!

戸塚優斗選手は前回大会である平昌オリンピックでは悔しい思いをして、今回の北京オリンピックに懸ける思いは強い想いで臨んでいます。

2021年3月に行われた世界選手権、ワールドカップ最終戦では優勝を飾っており、日本人選手の中でも金メダルに一番近い選手として注目されています。

この戸塚優斗選手の兄弟や家族構成など紹介していきたいと思います!

目次

戸塚優斗の兄弟、家族構成は?

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戸塚優斗選手の家族構成は、

  • 父親
  • 母親
  • 戸塚優斗選手

の3人家族になります。

戸塚優斗の父親について

戸塚優斗選手の父親は一般人ということで、何を仕事にされているのか、どういう方なのか詳しい情報は出ていませんでした。

戸塚優斗選手は両親の影響でスノーボードを始めているということなので、スノーボード好きな父親なのかもしれませんね!

戸塚優斗の母親について

戸塚優斗選手の母親もスノーボードをやっていたようで、とても上手だったようです。

戸塚優斗選手は両親の影響でスノーボードを始めたとインタビューでも答えています。

両親の影響で3歳と物心つく前からスノーボードを始め、小学3年生の時にHPの練習を始めてのめり込む。 ハーフパイプのJSBA公認プロ資格を取得後、本格的に活動を開始。

ヨネックスHP

戸塚優斗選手の母親はパイプでエアを決めるような実力の持ち主だったようで、最初の頃は母親に無理やりやらされていたようです。

パイプでエアを決めるお母さんなので、好きなスノーボードを子供にもやらせてあげたいという気持ちだったのかもしれませんね。

戸塚優斗選のスノーボードの初期にはこの母親の影響が強くあるようです。

小学校3年生になるとヨネックスのキャンプにも入れ、本格的にコーチの元でハーフパイプを習わせています。

まさに、母親からスノーボードの英才教育を受けて育ってきたんですね!

スノーボード以外にも小さい頃からトランポリンもやっていたようで、その経験がスノーボードで転んでしまったときの受け身の取り方に役にたっているという話もしていました。

母親からスノーボードだけでなく、トランポリンもやらせてもらっていたようです。

戸塚優斗の第二の母親とは?

戸塚優斗選手にはじつはもう一人母親がいると言われているのですが、どういうことなんでしょう?

両親が離婚?などと少し考えてしまいましたが、両親は離婚していません。

この第二の母親というのは、スノーボード競技の中で、「母親のような存在」がいるということです。

一緒にいた時に戸塚優斗選手が「おかあさん」と呼んでいて、第二の母親と言われているそうです。

その第二の母親というのが、三井真紀さんという方です。

この三井真紀さんという方はどんな方なのでしょう?

戸塚優斗選手の第二の母親と言われる、三井真紀さんについて

三井真紀さんという方は、ハーフパイプの世界ではとても有名な、プロスノーボーダーです。

戸塚優斗選手が参加していたヨネックスのキャンプでコーチとして指導されていた時に、三井真紀さんと出会ったようです。

三井真紀さんは、戸塚優斗選手にスノーボードの技術を教えるだけでなく、「挨拶の仕方」「野菜を食べる」などの生活面での指導もされていたようです。

そういう生活面でのこともいろいろと三井真紀さんから言われていたこともあって、まさに母親のような存在だったようです。

戸塚優斗選手の小さい頃の印象としては、

「泣き虫」

「ちょっと怒られるとグズグズ」

「影に隠れて声が小さくなる子」

など小さい頃からの恥ずかしいところまで知られてしまっているので、今でも戸塚優斗選手は三井真紀さんには頭が上がらないでしょうねw

戸塚優斗には兄的存在がいた?

戸塚優斗選手の家族構成は両親と3人家族ですが、スノーボード競技を通じて兄のように慕っていた存在がいたようです。

戸塚優斗選手が兄と慕っていたのは、スノーボードの先輩である「柳原真央(やなぎはらまお)」さんという方でした。

戸塚優斗選手と柳原真央さんとは、ヨネックスのレッスンイベントなどを通じて知り合いになったようです。

西東京市にある現在のサポートショップ「HEAVEN STORE」の代表の方曰く、戸塚優斗選手と柳原真央さんは「師弟関係」のようだったと話しています。

同ショップ代表の中本健太郎さん(45)は2人を「同じヨネックス、お店のチームの中での師弟関係という感じだった」と振り返る。「基本的にはスノーボードの先輩後輩なので、元々はうまいお兄さんという感じ。真央の滑りを見ながら、優斗もここがカッコいいとか盗んでいたんじゃないかな」

その兄と慕っていた柳原真央さんは、2011年12月3日に17歳という若さで、交通事故により亡くなってしまいました。

柳原真央さんはその日スノーボードの大会に向かう途中で事故に遭ってしまったそうです。

戸塚優斗選手は、大会の会場で柳原真央さんが来るのをずっと待っていたようです。

戸塚優斗選手は表彰式でその悲しい知らせを聞き、しばらく茫然としていたと言います。

柳原真央さんも将来を有望視される選手で、戸塚優斗選手が平昌オリンピックに出場した際には、

真央くんが生きていたら一緒に五輪に出られたかもね

とぽつりとつぶやいていたそうです。

戸塚優斗選手のボードには柳原真央さんへの思いを超えたステッカーが貼られているいます。

「NEXTAGE SKY 17-year^old smile」

柳原真央さんへの思いを一時も忘れていないようですね。

一緒に滑っている感じがして心強い。五輪に出て、勝つことが恩返しになる

戸塚優斗さんは柳原真央さんについて今でもこのような想いで心の中に持っているようです。

戸塚優斗のプロフィール

  • 生年月日:2001年9月27日
  • 出身地:神奈川県横浜市
  • 血液型:A型
  • 所属:ヨネックス
  • 身長:169cm
  • 体重:63kg

戸塚優斗選手についてまとめ

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戸塚優斗選手は横浜出身の両親と戸塚優斗選手の3人家族ということでした。

母親がスノーボーダーだったことで、戸塚優斗選手は小さいころから英才教育を受けて育ってきました。

兄弟はおらず一人っ子だったようですが、スノーボードとの出会いで、兄と慕う柳原真央さんとの出会いや、第二の母親と言っている、三井真紀さんとの出会いにも恵まれて成長してきました。

柳原真央さんとの別れは悲しいものでしたが、平昌オリンピックに続き北京オリンピック出場。

さらには金メダルを期待されているので、活躍に期待したいですね!

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